Science Spiritual Essay Series

Profile


板野肯三 / Kozo Itano
1948年岡山県倉敷市の生まれ。東京大学理学部物理学科卒。理学博士。専門はコンピュータ工学。 筑波大学システム情報工学研究科長、学術情報メディアセンター長、 評議員、学長特別補佐を歴任。現在、筑波大学名誉教授。自然や科学全般に幅広く関心を持って活動し、 研究室で一粒の種から500本以上の茎を出す稲を育てたこともある。ソロー学会の会員でもある。

日本で初めてUNIXを動かしたという面白い実績があり、当時UNIXの解析や日本での普及に尽力した一人である。 もともとコンピュータのシステム系の専門家で、 ソフトウェアとハードウェアの両方に通じている。1981年頃にはアメリカのメリーランド大学に客員 研究員として滞在していたことがある。

アメリカから帰国後は、VAX上でBSDを稼働させ、当時研究室ではUNIXが標準の道具になっていた。この研究環境から、 多くの若い研究者たちが巣立っていった。そしてコンピュータの研究の傍ら、 ハイポニカの野澤さんと知り合ったことで、 彼のトマトに刺激を受けて、稲を育て始める。 この稲を育てる中で希薄溶液による水耕栽培法を編み出す。


十年ほど前に、神秘体験をし、それがきっかけで、色々なものが見えるようになり、植物との間での交流も始まる。 「目に見えないからと言って、それがないわけではない。」が彼のモットーとする言葉。こういう科学の世界で認められて いないことを口にするのは、勇気のいることである。

しかし、昨年10月末頃から意を決して、コンピュータ系の専門以外の本をエッセイとして出版し始めた。「地球人のための超植物入門」「稲はどこまで成長するか」「水のはなし」 「続水のはなし」「心は脳の活動から生まれるのか?」「森と樹木のはなし」 「人間はサルから進化したのか?」「お金は木の葉か?」「赤いセラミック」「科学を超えて(改訂増補版)」 「ベーグルパンと赤ワイン」「パワーストーンの精霊たち」「デカルトの夢」「パワークラウド」 などの本を立て続けに出版している。

「スピリチュアルアート水彩編」と「人間はなぜ病気になるのか?」の二冊は、まもなく出版の予定。

最近は絵も描いていて、作品数は千点を超える。水彩とアクリルを主体としていて、 目に見えないエネルギーを目に見えるように表現したいという思いが強い。

本格的な自然というものに触れるには、実際に現地に出かけてみるしかない。自然との出会を求めて、この頃は よく山に登っている。ちょうど本を書き始める直前には、屋久島と青森に出かけた。高尾山には頻繁に登っている。

次の写真は、いまオレゴンにいる私の研究室の卒業生が、私の本を読んで現地から送って来てくれたものである。


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BOOKS

#1地球人のための超植物入門 2018.11.5発行

私のエッセイとしての源流にあたる本である。「はじめに」と「おわりに」の間にある29の章に、 それぞれ独立のテーマに対する思いが語られている。いろいろな場所に出かけて行って、その場の 自然や樹木や花たちとの交流をエッセイの形で表現してある。私にとっても思いで深い。 それだけ、自然というものには奥行きがあるということだろう。

目次
はじめに
1 プロローグ 地球に植物がある根源的わけ
2 植物と癒し 自然にもいろいろな深さの段階がある
3 トマトのやる気、稲のやる気 トマトが巨大化するのはなぜか
4 植物の適応 植物は環境の中で自らを変えていく
5 ディープネイチャーとライトネイチャー 原生林は地球のエネルギーの緩衝帯である
6 不忍池のハス 土地の磁場を浄化する陰のエネルギー
7 屋久島探訪記 生命の神秘を表現する古代杉
8 青森ヒバ 極寒に耐えるからこそ生まれる強い生命力
9 白神山地のブナ 植物は地球の環境を維持するために働いている
10 アップルロード リンゴ栽培は病気との戦い
11 ソメイヨシノの魂 新しい植物が生まれるとき
12 花梨の性格と薬効 植物は果実にエネルギーを込めている
13 アジサイの精 植物の魂はどのように増えていくのか
14 プリンセスミチコとフローレンス・ナイチンゲール 地植えの花は枯れてもエネルギーを発散する
15 ニュートンのリンゴ 木と人間にも個人的な縁がある
16 スギと花粉 単体の植林で杉は飢餓状態になる
17 植物の寿命 植物はなぜ環境に適応できるのか
18 マルコポーロ 植物はなぜ切られても生きているのか
19 雑草の生き方 知られざる雑草の効用
20 イヌブナ 壊れたバランスを修復する植物との交流
21 菜の花 群生する植物の力を借りてヒーリングができる
22 シュタイナーと農業 生命体としての地球
23 園芸の魔術師バーバンク 実をつけたアーリーローズの秘密
24 水のらせん運動とシャウベルガー 水を旋回させると酸化還元電位が下がる
25 シャウベルガーの鋤 土は生きている
26 コンコードの自然とソローアメリカの精神文明の源流の地
27 カスケードの杉林 シャスタ山の精霊が住む森
28 植物と話すということ 魂と魂のダイレクトな交信
29 エネルギーのバランス 地球を蝕むネガティブな思い
おわりに


#2 2019.4.30
科学を超えて(改訂増補版)

初版は 2018.10.31に発行されたが、この改訂版である。初版は12章であったが、 大幅に増補して、18章にした。

この世界の成り立ちが、物質的な枠組みだけで成り立っているわけではないということを、 いろいろな角度から論証するエッセイである。散逸理論や自己組織化から始まり、 生物の個体発生、進化論の枠組み、人工知能とニューラルネットワークと比べながら、 脳の活動から心が生まれるのかという根本問題にも迫る。最後に、この世界の中に 内在している美というものを通して、この世界は、偶然に出来上がったのではないと 著者は語っている。

目次
まえがき
1  はじめに 2  科学文明の抱える問題 3  なぜ結晶が出来上がるのか? 4  適応と進化の境界 5  植物の適応性ということ 6  進化発生生物学で分かってきたこと 7  なぜひとつの受精卵から体が出来上がっていくのか 8  人間はサルから進化したのか? 9  コンピュータに人間の思いが分るか? 10 脳が心を生み出しているのか? 11 ニューラルネットワークという人工のネットワーク 12 フィードバックのあるネットワーク 13 脳と魂の関係 14 パターンの認識ということ 15 なぜ美しいものを見て美しいと思うのか? 16 科学の見る世界にも美しさがある 17 見えない世界が存在する 18 科学を超えて あとがき


#3 2018.11.15
稲はどこまで成長するか

筑波大学に在職していた当時、何年か自室で稲を育てていたことがあった。 今から二十五年ほども前のことである。 専門はコンピュータであったし、不釣り合いなことではあったが、 私としては、どうしてもやってみたいという思いを止めることができなかった。 専門外であることをいいことに、独自のやり方をとることになったが、 それでも面白い知見が得られたということである。幸い、育てた稲は、 一粒から五百本以上の茎が出て、巨大な株に成長してくれた。花も咲いたし、実も実った。 これは、その記録である。 研究成果として見るには、事実の記録の仕方や検証の仕方に甘いところがあるが、 一度だけの試行で、再現性を求めるところまではいけなかったし、 そもそも再現性のないことに踏み込んでいたということもある。 栽培法ということでは、やっているうちに面白い栽培法に行きついた。 培養液を、ものすごく薄くしていく方法である。この本では、稀薄輸液栽培法と呼んでいる。 このやり方は、私にはとても理にかなった方法のように思える。 この栽培の基本的な考え方は、この本の中に書いてある。 今時だと、すぐに知的所有権とか、特許ということになるのだろうが、 この栽培法は、敢えて公開することにしようと思う。やっていて自然に思いついた方法であるし、 そういう意味では、私がごりごり考えたわけではないので、特許を取る謂れもないだろうと思うのである。 キュリー夫人の真似をしているわけではないが、誰かの役にたてばいいのではないかと思っているだけである。 お聞きいただければ、もっと詳しく説明することもできる。 私にとっては、生きものを扱うのは初めてのことであったが、 稲に潜在する生命力に触れることができたことに感謝している。 客観的でない部分もあるが、それは、専門外であるということで御容赦いただきたいと思う。

目次
1  はじめに 2  野澤さんとの出会い 3  籾を植え付ける 4  稲の精が現れる 5  第一ステージの栽培法 6  培養液の劣化をどうするか 7  つくばの水にはケイ酸がない 8  三つのステージ 9  稲の分枝と地下茎 10 自動給肥装置 11 肥料がどれだけ薄くても育つか 12 TSH 希薄養液栽培方式による栽培の実験 13 鉄とマンガン 14 ヒバの葉と酸化還元電位 15 環境だけで育つわけではない 16 見えないからと言って、それがないとは言えない 17 おわりに


#4 2018.12.25
水のはなし
私たちの体の七割は水でできている。 水の存在がこの地球の環境そのものであるようなところもあるし、 動物にしても、植物にしても、水は、生きていく上になくてはならないものである。 私たちの身近にあって、あまりにもなじみが深い水であるが、 実は、科学的には、よく分っていない物質なのである。 水そのものについて、科学はあるところから先に踏み込めていない。 この水のことを、最初に、いろいろと考えさせられたのは、 大学に在職中に、密かに稲を育てていた時のことであった。 植物を生かしていくための環境はそう簡単には作れない。 特に、いろいろな装置をいかに水漏れしないように作り上げるかに苦労したが、 いろいろと試行錯誤しながらやっているうちに、何がポイントで何が難しいのかが、少しずつわかってきた。 そして、私たちが水を見て何かを直感的に感じとることと、 科学の枠組みの中で水が何であるのかを究めることの間には、大きなギャップがあることもわかった。 稲を育てていた時に感じたことは、少なくとも、水は稲の生育を決める重要な要素であるということだ。 稲が水に影響を与えているのか、あるいは、水が稲に影響を与えているのか。表と裏のようにさえ感じたものだ。 水の状態を測るには、水の中の成分の組成を精密に測定する道具がある。 ICP(発光吸光分析装置)を使えば、千分の一ppmのレベルまで測定はできる。 まあ、現実にそこまでの精度を出すのは、難しいが。 ペーハーなども簡単に測れるし、今は、イオンごとの濃度も、リアルタイムで測れる。 溶存酸素量とか、酸化還元電位とか、いろいろな項目の測定をすることができるのだが、 それですべてが分ったような気がしないのである。 わたしは、稲の栽培の経験の後、酸化還元電位をひとつの尺度として使うようになった。 まだ他のものがあると直感は言っているのだが、まずできるところからやるしかない。 この酸化還元電位は、ある程度低い方がいいのであるが、 身の回りの水の酸化還元電位はそれほど低くはない。 この本で私は、この「水の酸化還元電位を下げるにはどうすればいいか」について、 実験した結果を書いていきたいと思っている。 どうも、この酸化還元電位の変化は、生命活動と深い関係があるように思えるし、 自然の中に存在する水と、私たちの身の回りにある水は同じではないような気がするのである。 案外、水は、とても神秘的な物質なのかもしれない。この本の中に書けることは、 わずかな、その一端であるだけであろう。 しかし、そこから、読者のみなさんの、ものごとの見方が、少しでも拡がれば、望外の喜びである。 少し専門的なことになるが、この本の中では、酸化還元電位の値は、 標準水素電極を基準にしたEhではなく、生の電位を使っている。 なお、この本では、多くの写真や測定データを掲載するが、 ひとつのスタイルとして、エッセイの形をとりたいと思っている。 私が最終的に得た成果というよりは、そのプロセスをそのまま、 一緒に体験していただければ楽しいのではないかと思うからである。

目次
1 湯沢の水はおいしい
2 水の遍歴
3 我が家の浄水器
4 神秘のナチュラリストと言われたシャウベルガー
5 もう一度、水のことを調べてみたくなる
6 酸化還元電位の経時変化を見る
7 三〇〇ミリボルトに壁がある
8 シリコーンシーラントで酸化還元電位が下がる
9 ケイ酸の量は関係するか
10 再び三〇〇ミリボルトの壁に挑む
11 植物を活けた水の酸化還元電位を測る
12 水田と清酒
13 水の実験から何が分かったか
14 目に見えないからと言って、それがないとは言えない
15 おわりに
エピローグ

#5 2019.1.18
続水のはなし
本書は、「水のはなし」の続編であるが、少し技術的な観点から詳細をまとめてみた。 酸化還元電位にしても、ひと筋縄ではいかないところもあり、とても苦労した。 そういう、ある意味、実験的なことの裏で起こったことや、 気の付いたことをまとめているので、関心のある人には、役に立つかもしれない。 一般的な読み物ではないので、関心のない人が読むことは想定していない。 かといって、学術論文でもないので、エッセイというスタイルは保ちたいと思っている。 水というものは。私たちの、とても身近にありながら、良く分らないところがあり、 実に奥が深いところがある。 この本で触れていることは、その一端であって、すべてではないし、 科学の論証ということになると、そういうことの土台にのることもあるし、 のらないものもある。 その奥の深さというものを味わっていただければ幸いである。

目次
プロローグ
一 はじめに
二 酸化還元電位ORPというもの
三 電極の研磨
四 右回りと左回りの回転の組み合わせ
五 外部ポンプで渦巻型(VRLX)にする
六 フレキシ管で渦が代用できるか(VSタイプ)
七 ふたたび渦巻にトライ
八 渦巻以外のものも探す
九 泉を作る
十 酸化還元電位の違う水を混ぜてみる
十一 塩と水の相性
十二 水の奥に何があるのか
十三 おわりに
エピローグ


#6 2019.3.1
心は脳の活動から生まれるのか?
ちょうど二十世紀の半ばころに、コンピュータが登場したことで、 人工知能への夢が描かれるようになった。 脳の神経細胞を調べ、脳と同じような神経のネットワークを作れば、 そこから心が生み出されるのではないかという風に考えられたのである。 思考を司る脳が、人間の体の中で一番心に近いと考えるのはごく自然なことである。 日本人なら誰でも、いつか鉄腕アトムのように人間と同じ心を持つロボットが作られ、 人間の友達になる日が来るかも知れないと思っていたはずだ。 だが、こうしたコンピュータによる脳と心の研究は、道半ば、 あるいは、道程の一割くらいまではいけたかも知れないが、 根本的な成果へとは行きついていないのが現状である。 脳と心というテーマは、難解である。 現在の先端科学のひとつである脳科学の領域でも、全貌が捉え切れておらず、 ナイーブな仮説から抜けられない段階にある。 この本で、私は、脳の活動から心が発生するのではなく、 心は魂の活動であるということを科学の言葉で詳しく説明していくが、 問題の性格上完全な証明は難しい。 魂の入っていない状態で脳を働かせてみることができれば、 心がそこにないことが分かるかも知れないが、 魂を抜くと人間は生きていられない。 あるいは、魂がこん睡状態のようになれば、いわゆる植物状態であって、 これでは、脳が働くどころではない。 そういう検証は、原理的に困難である。 だからと言って、脳の神経のネットワークという機械システムの中から、 心や意識が生まれるとは考えられない。 十六世紀に生きたデカルトは、現在の実証主義的な科学の考え方の基礎を作ったが、 同時に、魂の存在と脳の関係についてのモデルを提案した人物でもある。 今、もう一度、デカルトに立ち返る必要があると考えているのである。

目次
プロローグ
一 はじめに
二 UNIXに出会う
三 神経細胞のネットワークでできている脳
四 ニューラルネットワークという人工のネットワーク
五 フィードバックのあるネットワーク
六 パルスニューラルネットワーク
七 脳は何をしているのか
八 パターン認識
九 デカルトとエックルス
十 家内の幽体離脱
十一 自意識と自我
十二 座禅や瞑想の意味
十三 魂は 肉体にどうやって宿るのか
十四 エドガー・ケイシー
十五 ウエットセルとの出会い
十六 神経波磁力線発生器MRING
十七 美しさの秘密
十八 肉体と魂の接続
十九 おわりに
エピローグ



#7 2019.3.1
森と樹木のはなし
樹木の育ち方は、人間の時間感覚からすると、とてもゆっくりしている。樹木の種類にもよるが、 そう簡単には大きくならない。 同じ草木でも、花とか野菜などであれば、数か月の間に芽を出し花が咲くところまで行ってしまうが、 樹木は大きくなるのに何年もかかる。 十年という時間は、樹木にとってはたいして長い期間ではない。 針葉樹の仲間は特に成長が遅く、百年単位で考えなくてはいけないものも少なくない。 成長が早いといわれる杉でも、あるサイズになるには数十年はかかる。 ただし、果樹の中には、実が取れるようになるまでの時間が短いものがある。 桃栗三年柿八年というように、結構早い時期から実をつける。 不思議なことに、こういう果樹は、すべてではないが、 バラ科であることが多い。 花の血が入っている樹木である。 人間が実をとったり、花を楽しんだりする植物は、 一般の樹木よりも早熟なのだろう。 しかし、一般には、樹木は簡単には育たない。 言い換えると、人生のスパンが人間とはけた違いに長い。 こういう特性が、どうしても、人間の日常的な関心から樹木を遠ざけてしまいがちなのである。 私にも同じようなところがあった。 樹木の命の営みが目に入っていなかったということだ。 それが、ある日を境にして変ったのである。 木にも魂が宿っていて、その木の精霊と話をすることができるということが分かったからである。 この本は、この木と話した私の体験をもとに書かれている。 木は、物ではないのだ。文字通り木が物だと思っている人はさすがにいないと思うが、 木が我々人間の仲間なのだと思っている人は少ないだろうと思う。 だが、実際に木と友達になると、自然に対する見方が一変するのである。 それは、理屈で生命が大切だと考えるのとは、また違う次元の話なのである。 樹木と友達になるには、まず人間の時間軸から一旦外れ、 何百年も生きる樹木の時間感覚で、彼の一生に思いを馳せてみることである。 そうすれば、木の気持ちに共感することもできる。 そういう風に思って、この本を楽しんでいただければ幸いである。

目次
はじめに
一 松と宇宙
二 樹木の表皮の味わいー自然教育園の六人衆
三 庭園美術館の樹木たち
四 箱根の森の樹木たち
五 奥多摩の森の樹木たち
六 紅葉の高尾山
七 湯沢の樹木たち
八 シャスタの樹木たち
九 ディープネイチャと森のエネルギー
おわりに


#8 2019.3.25
人間はサルから進化したのか?
この『人間はサルから進化したのか?』という本を書くにあたって、 何を前提にして、どこから話を展開すべきか、いろいろ迷ったが、 まずは、今の科学で明らかになっている話を一つの基準として出発することにした。 進化というテーマは、地球の歴史が問題となる領域であるが、 本当のところ過去の地球がどうだったのかは、 実際に行ってみることはできないので分からない。 化石だとか、地層だとか、放射性同位元素の分析とか、 そういうものから推定されている地球の過去の姿を一つの参考としている。 また、二十世紀の終わり頃からスタートした、 進化発生生物学のような研究分野のもたらしている研究成果は、 古典的な進化論の枠組みとはかなり違う方向にいっていて、とても興味深いものがある。 これは、ひとつの種であるとか受精卵から、 どう体が出来上がっていくのかという、とても不思議な、 進化と個体発生という二大分野にまたがる話であって、 いろいろな知見などを総合して、何が本質なのかということに、 私なりに迫ってみたつもりである。 もうひとつ大事なことは、生命体には魂が宿っているという観点である。 これは、今の科学では、当たり前のことにはなっていないのだが、 私の目には、確定的事実なので、これは、話の前提として、もう一つの柱として、話を進めている。 なお、本書についても、著者としての私のエッセイというスタイルは貫くことにした。 読者のみなさんにお役に立てるようなことが少しでもあれば、望外の喜びである。

目次
プロローグ
一 はじめに
二 発生と進化には似たところがある
三 地球の誕生
四 植物の登場から恐竜まで
五 ダーウインの進化論
六 突然変異で種の枠が超えられるか
七 適応や進化が受動的に起こることはあり得ない
八 なぜひとつの受精卵から体が出来上がっていくのか
九 進化発生生物学で分ってきたこと
十 エピジェネティクス
十一 六億年前に何があったのか
十二 制御の情報だけでは発生は起こりえない
十三 品種の改良とは何をしているのか
十四 人とチンパンジーの遺伝子の差は一%?
十五 タコの遺伝子は人間より多い
十六 屋久杉の発生を考える
十七 オートポエイシス
十八 魂の起源も問題
一九 おわりに
エピローグ



#9 2019.3.31
お金は木の葉か?


この世界には、二つの価値観が交錯している。 ひとつは、物質的価値観であり、それはどういうものかというと、 お金で何でも買えるというものである。もうひとつの世界は、これとは対極のところにある。 お金では買えないものがあるという価値観である。 私たちは、この二つの価値観のどちらか一方に触れるだけで生きていくことは難しい。 現実の世界というのは、基本的なところが、物質的価値観を中心に動いていて、 これを無視して生きていくことはできないからである。 一方で、私たちには、お金では買えないものがあるということは良く分っているのである。 自ら、この世界との交わりを断って、自給自足の生活をすれば、 物質的価値観から逃れることは可能かも知れないが、現実的には、そういうわけにはいかないだろう。 お金では買えないものと言うのは、例えば、人間の心の中にあるものであり、 これは又、この大自然というものを貫いている世界の中に存在する絶対的価値でもある。 お金が木の葉という話が出てくるのは、トルストイの小説『イワンのばか』である。 この話の中で、イワンに捕まってしまった小悪魔が、樫の葉を金貨に変える方法をイワンに教えるのだが、 イワンは、この金貨を子供の遊びの道具だとしか思っていない。 そう、イワンは、この世界に住んでいながら、非物質的価値観の中で生きているのである。 ここには、いろいろな思いが込められているということだろう。 今の世の中で、マウスのワンクリックで多額の利益が生み出されるような世界というのは、 まさに、この小悪魔の魔法のようにも見えてしまう。 そして、お金というものに、本質的に価値があるのかという、 原理的なところが問われているということでもある。 まあ、それだけ、お金には魔力があるということなのだろう。 今の時代の情勢に、何故かマッチする話なのである。 この世界は、一見、お金に支配されているように見える。 しかし、よく見てみると、そうではないところも見えてくる。 どうしてこうなっているのかというと、それには結構深いところに原因がある。 それは、私たちの目には見えないものがあるからだ。 目に見えないものがあるのか、ないのかという、その部分に秘密が隠されているのである。 その目には見えないものに、自らの洞察力で迫ることができる人には、その奥にあるものが開かれてくる。 そういうことなのかも知れない。 本書の中では、このお金のことについて、その本質は何であるのかということについて、 考えてみたいと思っている。

目次
プロローグ
一 はじめに
二 お金とは何か
三 流通の手段
四 信用創造
五 投資
六 お金がお金を呼ぶ
七 価値に裏図けられたお金と木の葉のお金
八 何が本質か
九 イーガーなモデルとレイジーなモデル
十 おわりに
エピローグ



#10 2019.4.10
赤いセラミック
私の本の中で、この『赤いセラミック』という本も、 少し変わったところのある本かも知れない。 まず、ひとつ言っておかなくてはいけないことは、これは、「おはなし」ではないということだ。 このセラミックは、実際に作られたもので、この本は、 この実際に作られたセラミックのことを書いているということである。 もう一つは、なぜ、このセラミックを作ったかということについては、 敢えて、ここでは触れていない。これは、未来の課題ということになっている。 三つ目は、この「赤い」という名前は、 アメリカインディアンのシアトル大酋長に因んでつけてあるということである。 この色が、今にも、誇り高い彼らの肌の色を象徴するかのような気がしてならないからだ。 ということで、この本を書いてみた。

目次
プロローグ
一 はじめに
二 赤いセラミック
四 黒曜石と銅のブレンド
五 グレードアップ
六 放電炉
七 試料の可動ステージ
八 高温焼成セラミックの誕生
九 セラミックのカット
十センチの型で焼いたセラミックき
十 おわりに
エピローグ



#11 2019.5.10
ベーグルパンと赤ワイン
ベーグルには、どことなく、おしゃれなイメージがある。 それは、今のニューヨークやモントリオールと言った町のモダンな文化の代名詞のようなところに つながっているからかも知れない。 朝、コーヒーを飲みながらベーグルの食べるというのは、いかにもおしゃれなところがある。 それと、このベーグルというパンは、単にパンというだけではない存在感がある。 ベーグルというのは、これだけかじっていても、結構な満足感があるパンなのである。 噛むほどに、味わいがあるのだ。だから、癖になると病みつきになる。 パンにあって、パンにあらず。 そういうところが、このパンにはある。 もともと、このパンは、ユダヤの貧しい人たちの食べる食べ物であったということもある。 宗教的な戒律のもとに生まれたパンということでもあるし、 べつの意味からは、植物性の素材でできた食べ物で、それでいて、腹持ちがとてもいいのである。 そういうことと、今の時代の中でのおしゃれなイメージが、 輻輳しているのが、このベーグルかも知れないという気がする。 そういうベーグルが、日本にも静かに広がってきているのは、とても興味深い。 一方で、ワインというのは、これはブドウから作るお酒である。 これも、歴史のあるお酒で、ヨーロッパでは、古くから作られていた。 日本だと、日本酒ということになるが、ワインや日本酒の原点のところを探ると、 これは、もともと、庶民のものである。 自然からとれた恵みに感謝する、そういう文化につながっている。 日本のドブロクとかも、もともと、農家の人たちが、自家醸造していたものである。 ヨーロッパでも、自分でワインを作ってたのしむという文化が残っている。 日本の財務省に、そういうものへの粋な計らいがないのは残念なことである。 この本では、岡山の祭り寿司も取り上げているが、これも、庶民のものである。 庶民のものであると同時に、自然というものとの間をつないでいるものであるということがある。 そういうことの中に、ものごとの本質を見出していくにはどうすればいいのかということだろう。 『ベーグルパンと赤ワイン』というこの本を、そういう思いを込めて書いてみた。

目次
まえがき
一 はじめに
二 ベーグルの発祥の地
三 ベーグルと赤ワインの相性
四 ベーグルを焼く
五 ドブロクとシュトルーム
六 祭り寿司という寿司
七 サラダを作る
八 鉄板焼き
九 包丁を研ぐ
十 おわりに
あとがき
付録 私のベーグルの作り方

#12 2019.4.30
BEYOND SCIENCE
「科学を超えて」の日本語と英語版を分離して、日本語のみにしたバージョン。

#12 2019.4.30
BEYOND SCIENCE
「科学を超えて」の日本語と英語版を分離して、英語のみにしたバージョン。


#14 2019.5.7
パワーストーンの精霊たち
石にも、人間にも魂があるということを忘れてはいけない。 その魂というものと、肉体としての体であるとか、石としての表現というものと、 この表現の中にある波動というものをどう理解するのかということになる。 こういうパワーストーンの世界は、今はまだ、科学の対象にできるような段階ではなく、 スピリチュアル一辺倒の世界である。 目に見えない、科学の観測にかからないという意味では、 物質的なレベルから、何の証明もできない世界なのである。 しかし、だからと言って、何もないのかというと、そうではないだろう。

目次
プロローグ
一 はじめに
二 パワーストーンとの出会い
三 ルビーインゾイサイトの秘密
四 円環中にエネルギーを循環させる
五 クリソプレーズ
六 カイヤナイトとアズロマラカイト
七 人間には固有の波動がある
八 石にも魂がある
九 次元の高いエネルギーに同調するブレスレット
十 体の調整を助けるブレスレット
十一 セラピーとヒーリング
十二 浄化とエンハンスメント
十三 天然の鉱石
十四 おわりに
エピローグ
付録1 ガーネットで何ができるか
付録2


wisdom

wisdom

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WATERCOLOR PAINTINGS


ピラミッド:2015.6.23制作。140mmx105mm。
「スピリチュアルアート水彩編」p.30より。


緑のリンゴ:2018.2.16制作。
「スピリチュアルアート水彩編」p.40より。


海の波:2017.4.28制作。
「スピリチュアルアート水彩編」p.49より。

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YOUTUBE VIDEO SEMINAR
超植物入門チャンネル

アジサイの精の話



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